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Valley   篠崎弘之/篠崎弘之建築設計事務所
Bahn   多田正治/多田正治アトリエ
 
  長野県・野沢温泉村ホテル『ハウスサンアントン』プロジェクト
  ValleyBahnの場合
 
  奥信濃は標高600メートルに位置する野沢温泉。
開湯は聖武天皇の御代。8世紀頃とされ、山伏が発見したとも、手負いの熊を追いかけてきた漁師が発見したともいわれる。はたまた当世の名僧行基が開いたとも。なにやら伝説めいたエピソードだが、それほど歴史が深い湯なのだ。
毛無山を中心に広がる野沢温泉スキー場は国内外を問わず上質の雪を求めるスキーヤーのメッカだが、温泉街には大小30もの源泉があり外湯も豊富。ウインタースポーツを楽しまない人々でさえ楽しめる。
 
 
野沢温泉村
  その中心部にあるのが『ハウスサンアントン』。
古の時代より栄えてきた温泉街の中にある異国情緒溢れるこのホテルはオーストリアの山岳地方のホテルを思わせる佇まいがあり、この地で多くの湯治客やスキーヤーを迎えてきた名ホテルだ。
スキー選手を引退した若旦那がシェフを務め、彼の振る舞う朝食は様々なメディアでも取り上げられる。独特な食感のスクランブルエッグと30年もの歴史を誇る産地や品質にこだわったフルーツを贅沢に使い、製法や作り手にまでこだわったジャムが添えられる。
 
 
 
ハウスサンアントンのファサード、片桐シェフの料理
  ハウスサンアントンが多くの人びとに愛されている証は館内に散見できる。優しい香りが漂う食堂から客室へ通じる階段の壁は作家やプロスキーヤー、オリンピアンまで数えきれないほどのサインで埋め尽くされている。
 
 
ハウスサンアントンの食堂、名物の自家製ジャムが並べられている
  ここが今回のプロジェクトの舞台になる!
 
 

今回のプロジェクトはこのハウスサンアントンの客室をリノベーションすることだ。もともとは約10平米のコンパクトな3部屋を再編成し2部屋にする計画だ。外国からのお客さまには窮屈であること。設備が老朽化して十分なサービスができない現状を改善することが目的だ。

 
 
リノベーション前の部屋の様子
  「サンアントンは野沢温泉のサグラダファミリアだ!」
 
 

ゆっくりと時間を掛けてハウスサンアントンを個性豊かなホテルに生まれ変わらせる。そんな思いから出てきた若旦那の台詞。その第一歩となる今回のプロジェクトのチーム名はこうなった。

 
  1st Flag Project Team(ファーストフラッグプロジェクトチーム)
  「2部屋を異なる建築家がデザインする」
 
 

STAGEWORKSが提案したのはこんな方針。
作風も建築に対する考え方も違う建築家が一枚の壁を挟んで設計デザインする提案をした。客室そのものを単純に生まれ変わらせるだけでは面白くない。ハウスサンアントンには個性豊かなオーナー一家を慕って訪れる滞在客は少なくはない。だから客室にも「オーナーらしさ」と「ストーリー」を加えたかった。

 
 
  ●ディレクション 片桐健策 ハウスサンアントン シェフ兼ディレクター】
 

ハウスサンアントンのシェフ件ディレクター。元スキー選手(ICI石井SP)。大阪の星付きレストランで修行を積み、フレンチを基礎に日本やアジアのエッセンスを独自のバランス感覚とスタイルで融合。想像性に富んだ、ここでしか味わう事の出来ない料理。

 
  ●プロデュース 瀬下優一STAGEWORKS.inc 代表】
 

IT業界で18年間コンサルタントのキャリアを経て、自邸のリノベーションに深く関わったことを契機にステージワークスを立ち上げる。クライアントに最適なチームをプロデュースする。口癖は「クライアントに情熱さえあれば最高のチームをプロデュースする」。

 
  ●設計 (Valley) 篠崎弘之篠崎弘之建築設計事務所 代表】
 

東京を拠点に篠崎弘之建築設計事務所の代表を務める。2015年のミラノ・サローネでの個展を成功させるなどにも海外にも活動の場を広げている。今回のプロジェクトには所員の増田裕樹もデザインチームに参加する。

 
  ●設計 (Bahn) 多田正治多田正治アトリエ 代表】
 

京都を拠点に新築から古民家の再生、過疎地域の再生のプロジェクトに取り組むなど多彩な活動範囲を持つ。京町家を改装した事務所を、自身もパートナーの遠藤正二郎と共に構えている。

 
  ●施 工 近藤正勝 有限会社江口建設 監督】
 

野沢温泉のすぐ近く、北信州・飯山にある工務店。雪国ならではの住宅づくり、地域に密接した細かい配慮が頼もしい。

 
 
1st Flag project Team:左から多田正治、瀬下優一、片桐健策、篠崎弘之、増田裕樹
 
 
 

デザインモデル
右からBahnとValley。ホテルの客室はオーソドックスなテイストで揃えるという無意識なセオリーにとらわれない個性的なデザイン案ができあがった。平面図よりもイメージが湧きやすい模型をプレゼンテーションに使うのは篠崎のスタイルだ。本人曰く、「模型を先につくってから図面を起こす」。

 
 
 
デザインモデル(模型)を見ながら打合せ
 
 
  Valley 【渓谷】
 
 

渓谷を意味するValleyと名付けられたこの部屋は、いわゆる一般的な客室のイメージとはかけ離れた構成となっている。
部屋の扉を開けると、自然に切り開いたような渓谷をまさに喚起するように両側に地形のような曲線をもった床が何枚も重なって立ち上がっている。部屋全体を包み込むようなその曲線は自然に、しかしこの客室にフィットしたスケールでつながっている。たとえば大きな曲線は2人がほどよい距離間で寝られるように描かれていて、中くらいの曲線はデスクとして使うにはちょうどよい大きさで、小さな曲線はベッドのサイドテーブルとして描かれている。

 
 
 
Valley竣工写真01、02
 

そしてその地形のような曲線の間は、大きなトランクケースが収納できる高さとして設定されている。曲線それぞれの高さもまたこの部屋の大きさにフィットするように、座ったり本を読んだり寝転んだりと自然とできるように設定されている。

 
 
 
Valley竣工写真03、04
 

いかなる渓谷も、その場所の自然の環境・自然の摂理によってその形が出来ているように、この部屋もまた、温泉やスキーを楽しみにして世界からやって来てくれるハウスサンアントンのファンたちがこの部屋でいかに楽しく快適に過ごすことができるか、そのためにこの形が出来上がっている。
そして、長い時間をかけて渓谷がより美しくなっていくように、この部屋もまた、1st Flagとしてサンアントンが時間をかけてより快適な空間に仕上げていくことだろう。

 
 
 
Valley竣工写真05、06
 
 
  Bahn 【斜面】
 
 

もう1つの部屋はBahnと名付けることになった。Bahnはより静やかで端正なデザインとなっている。
今回の計画ではValleyと同様にこのBahnも、客室にトイレとシャワーブースが追加されることとなった。そこで客室・Bahn内での機能を大きく3つ、新たに加わった水回り、そして就寝と団らんに分け、それらを室内に整然と並べる計画とした。宿泊客は、並列された3つの場を行ったり来たりすることで、見えない境界を越え、生活や行為のスピードを緩めたり加速したりしながら、宿泊の毎日を過ごす。
スキーや温泉という非日常を上品に演出する落ち着きのある安らぎの空間である。

 
 
 
 
Bahn竣工写真01、02、03
 

昼の自然光と、夜の柔らかい間接照明の光とで、ゆるやかに表情を変えていく。

 
 
 
Bahn竣工写真04、05
 
 
 

着工から二週間余。
一般的なスケジュールからすればとても短い工期でValleyとBahnは竣工した。野沢温泉に待望の雪が降るときはその時を心待ちにしていた人々がサンアントンに戻ってくるとき。そしてValleyとBahnはサンアントンの一部としてスタートを切るときだ。プロジェクトチームにとって新築であれリノベーションであれ、出来上がった空間は子どものようなものだ。チームの手を離れ、オーナーの手に渡るときは寂しくもあるが感慨深さは言葉で表現することは難しい。

 
 
1st Flag project Team集合写真
 

竣工後、ゲストをお迎えする前日の一日だけ内覧会。
心に深く残ったのは、オーナー一家が私たちが出る幕がないほど完璧に見学者の皆さんに対してプレゼンテーションされていたことだ。「愛してもらっている」そう感じるには十分過ぎる光景だ。
1st Flag Project Teamはこの集合写真を撮影したあと、それぞれが帰る場所に戻った。けれどValleyとBahnがこのサンアントンにあり続ける限りチームは存在し続ける。空間を買うのではなく、つくるということはそういうことなのだ。
最後に、チームににこのようなエキサイティングな機会を与えてくださったサンアントンのオーナーと朝な夕なと温かいコーヒーを差し入れてくださったスタッフの皆さん。プロジェクトに賛同して施工チームに加わってくださった江口建設の大工さんたち。そしてこのプロジェクトを応援してくださったすべての皆さまに心から感謝いたします。
また、お会いしましょう。

 
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